
完走メダルは頂いてきたんですが、ふがいない記録でした。
40キロの最終関門を突破した時点で達成感から走るのをやめてしまった上に、足が交互に攣りまくって、最後の2キロはずっと歩き。結果は4時間11分。翌日、道新で記録を見たら、なんと下から10位以内でした((+_+))。
反省をこめて振り返っておきます。
前日はもう、完走できるか不安でいっぱい。ケータイで当日の天気予報を何度もチェックしては、「暑くなりそ」とため息をつくばかり。完走できなかった言い訳も自分のなかで用意し始めてました。
でも、その夜、寝る前にこう考えなおしてみた。
ここまできたら「完走できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかだ」
そんなふうに気持ちを奮い立たせて眠りにつきました。
◎スタートまで
当日は緊張して6時前には目がさめ、7時になるのを待って10分ほど歩いて松屋で朝定。24時間テレビのエドはるみが力走しているのを見て勇気をもらおうと思ってテレビをつけたら、つらそうにうずくまってたりトボトボ歩いているシーンばかりで逆効果でした。

代々木RCの皆様と10時に真駒内駅で待ち合わせ、20〜30分歩いて会場入り。朝は肌寒いくらいだったのが、太陽も出てきて、もはや暑さからは逃げられないと覚悟しました。
競技場には観光バスが20台以上も勢ぞろいしていて、一瞬「観戦ツアーか何か?」と思ったものの、すぐ収容車であることに気づきました。こんなにたくさん収容するのかあ、、、とまた暗い気分になります。
荷物を預けて1キロ以上離れたスタート地点に移動、並んだときはたしかスタート15分くらい前でした。諸注意をアナウンスするおじさんがなかなか名調子。開始3分前に「もう一度いいますよ。シューズにチップはちゃんとついてますか。もう間に合いませんが」といって会場爆笑。そんなこんなしているうちに、スタート。今回は関門との戦いなので、号砲と同時に自分の時計も押します。

◎ 5km 27:42
10km 25:22
スタートラインまでは1:30とまずまず。最初の5キロ関門は32分なので4〜5分かかったらしゃれにならないなとびびってました。
最初の1キロの公園内を抜けると走りやすくなり、テンポよく進みます。1キロ見逃して2キロで12:10だったので、「げっ、キロ6分か」と青くなったんだが、スタートロスのぞいてキロ5:20と順調なペース。ほっとしました。
やがて先頭集団とすれ違い、5キロ。最初の給水がコップ奪い合いでびびったが、何のことはない、テーブルがいくつもあって後の方がガラガラ。以後、給水はかなり潤沢って感じでした。
日差しはかなりきついんだが、日陰に入ると意外と風が爽やかなことも発見。ときおり現れる日陰が何よりも楽しみになります。ゆるやかな下りでもあり、私にはしては速めのキロ5分前後で進みました。
7〜8キロ地点で、近くを走ってたランナーが「ああ、あたし、きょうは10キロでやめとくわ」というのが聞こえてちょっと脱力。気持ちはすごくわかるが、オジサンはわざわざ東京からヒコーキ乗ってきてるのでそういうわけにはいかんのだよ、と内心思うのでした。
◎15km 26:15
20km 26:36
だんだ沿道の応援もにぎやかになり、かなりテンポよく進みました。
15キロまでは下り坂。セーブすることは意識せず、気持ちいいペースで行けるだけいって貯金を作っておこうという作戦です。
実は前日まではキロ5:30くらいに抑えてきっちりイーブンに走ろうという作戦でしたが、ヨヨのpayutaさんに「もう少し前半稼いだほうがいいのでは」という旨のアドバイスをいただき、それもそうだなあと前半は必要以上に抑えるのをやめました。(これが完走につながったと感謝してます)。
などと思ってたら、12キロ目がキロ4:23!!!。さすがに飛ばしすぎと思いきや、次は5:54。距離表示がおかしかったのか。あと、14キロあたりでトイレにも行ってしまいました。
線路をくぐるアンダーパスがあったりして、何となく、長野マラソンのコースに雰囲気が似てる気がしました。暑いのはとても暑いが、風がからっとしているのが救い。給水ポイントで水を盛大にかぶったりして紛らわしました。でも、シューズが水浸しでくちゅくちゅいって気持ち悪かった。(携帯も水浸しで壊してしまった)
14キロで「ああ3分の1」などと考え気が遠くなり始めるも、まだまだ元気でした。
20キロは1時間45分で通過。ってことは「貯金10分」。いい感じです。ハーフ通過は1:52:02。

◎25km 27:38
30km 28:41
中間点を過ぎると、折り返し点を戻ってきたランナーとすれ違うコースになります。いろんなブログの完走記ではそれが「励みになる」とのことですが、道の真ん中を走ると給水取りにくいし、たまにある日陰を逃すのがつらくて、折り返しランナーを観察する余裕はなくなってました。
このあたりから「完走いける」というハイな気分と、「もうつらくてダメかも」というネガティブな気分が交互に襲ってきました。
貯金があるのが曲者です。キロ6分でも40キロ関門に間に合う計算なので、「もうゆっくり着実にいこうよ」という悪魔のささやきがしょちゅう聞こえてきます。これを振り払って、なんとかキロ5:30くらいを維持しようと踏ん張る。25キロまではなんとかそれで耐えたものの、25キロ以降はずるずる落ち始めます。
気を立て直そうと、ウエストポーチに入れてあった凍らせたアクエリアスを取り出すと、案の定、すべて溶けていてがっくり。パワージェルを飲んだり、塩飴を口に含んだり。私設エイドでバナナもいただきました。
28キロの第2折り返しの後、けっこうすぐに噂の終末車と収容車とすれ違う。ひたひた、ひたひた、迫ってきています。
◎30km 30:01
35km 32:46
30キロ通過が2:42。最終関門まで10キロで66分ある計算。これはもう完走はもらったと思うと、かなりハイな気分になりました。「PB(3:52)も十分狙えるかも?」とか「あと12キロしか走れないのか、、」なんて、強気になる余裕も。はい、もちろん間違いでした。マラソンはここからとはよくいったもので、32キロあたりからついにキロ5分台を維持できなくなってきました。すると気分は一気に暗転。「ほぼ手中にしていた完走が、するりと逃げていくのかあああ」と絶望的になります。
35キロの通過が3:12:15。キロ7分で行ってもなんとか間に合う計算でほっとする。もう次のキロ表示が来るのをひたすら心の支えに進んでる感じ。なので、白地に紺のフチどりの色遣いが似ている商店とかの看板が、遠目にキロ表示とかに見え始めてかなりやばい感じになってきました。
37キロ半ばで給水をとったあとから、どうにも体が動かずかなりつらくなってきた。しだいに回りの景色が白黒に変わっていって、走っている自分を別の自分が上から眺めているような、そんな感じに襲われます。意識がだんだん朦朧としていく。ここまで来たのに。。。
38キロでラップが8:30。えっ!と焦りまくる。いま振り返ってみると時計を押し間違えたんだと思うが、これはびびった。次の39キロはキロ6分台に回復。
そして、いよいよ、大通りに出た。40キロの最終関門はもうすぐ先のはず。テレビ塔が見えてきてああ、やっと。関門通過は3:45。閉鎖3分前、けっこうやばかった。

◎finish
さて、40キロ関門を目指してひたすら耐えてきたので、当然のようにプツンと緊張が切れて、大通りから駅前通りに曲がったとたんに足が止まり、歩き始めてしまいました。
数分歩いて給水。初めて立ち止まって水を飲みました。今回は給水はほとんど止まらずにとってたことに気付きました。そしてしばらく進むと、最初は左の腿の横の筋がビクンと来た。やがて左足のふくらはぎがつり始め、およよよよって感じ。こりゃあ走れないなともうしばらく歩きます。沿道の応援はピーク。顔歪めて歩いてると「がんばれー」って声かけてくれるんだが、歩いてるのはかっこう悪い。
41キロ表示まで来たので、最後はちゃんと走ろうと左をかばいつつ進み始めたら、おっと今度は右足のふくらはぎとハムに激痛が。その場にうずくまり、にっちもさっちもいかなくなります。
先の方には中島公園の入り口が見えている。ここまできてリタイア、ってしゃれにならんよなあと思いながら、腰をにじって前へ前へ。「這ってでもいくもんね」という心境でした。
まあ、それは大袈裟としてもほんとに歩くのも苦痛。振り返るとさすがに後続もいなくなり、おまわりさんがイライラと見守っている(気がした)。
公園に入ってからはほんとに長かった。歩いてゴール。なんと4時間11分。こんな遅いと完走にしてくれないかもしれんなあと一瞬不安になるも、少年に完走メダルをかけてもらってほっとしましたよ。
よろよろだったからか、ボランティアの若者に連行されて救護テントへ。マッサージしてもらったり、ストローでスポーツドリンク飲ませてもらったり、すっかりいい待遇でした。

◎その後
しばらく休んで足も回復、なんとか歩けるようになったので荷物ひきとって帰路に。
早くもFINISHゲートは片づけが始まっていた。
メダルはずっしり重くて、かけたまま帰るのがちょっと誇らしい気分でした。そう、このときはほんと「よかった〜」と思ってたんですよね。
でも、その夜、寝る前にこう考えなおしてみた。
ここまできたら「完走できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかだ」
そんなふうに気持ちを奮い立たせて眠りにつきました。
◎スタートまで
当日は緊張して6時前には目がさめ、7時になるのを待って10分ほど歩いて松屋で朝定。24時間テレビのエドはるみが力走しているのを見て勇気をもらおうと思ってテレビをつけたら、つらそうにうずくまってたりトボトボ歩いているシーンばかりで逆効果でした。

代々木RCの皆様と10時に真駒内駅で待ち合わせ、20〜30分歩いて会場入り。朝は肌寒いくらいだったのが、太陽も出てきて、もはや暑さからは逃げられないと覚悟しました。
競技場には観光バスが20台以上も勢ぞろいしていて、一瞬「観戦ツアーか何か?」と思ったものの、すぐ収容車であることに気づきました。こんなにたくさん収容するのかあ、、、とまた暗い気分になります。
荷物を預けて1キロ以上離れたスタート地点に移動、並んだときはたしかスタート15分くらい前でした。諸注意をアナウンスするおじさんがなかなか名調子。開始3分前に「もう一度いいますよ。シューズにチップはちゃんとついてますか。もう間に合いませんが」といって会場爆笑。そんなこんなしているうちに、スタート。今回は関門との戦いなので、号砲と同時に自分の時計も押します。

◎ 5km 27:42
10km 25:22
スタートラインまでは1:30とまずまず。最初の5キロ関門は32分なので4〜5分かかったらしゃれにならないなとびびってました。
最初の1キロの公園内を抜けると走りやすくなり、テンポよく進みます。1キロ見逃して2キロで12:10だったので、「げっ、キロ6分か」と青くなったんだが、スタートロスのぞいてキロ5:20と順調なペース。ほっとしました。
やがて先頭集団とすれ違い、5キロ。最初の給水がコップ奪い合いでびびったが、何のことはない、テーブルがいくつもあって後の方がガラガラ。以後、給水はかなり潤沢って感じでした。
日差しはかなりきついんだが、日陰に入ると意外と風が爽やかなことも発見。ときおり現れる日陰が何よりも楽しみになります。ゆるやかな下りでもあり、私にはしては速めのキロ5分前後で進みました。
7〜8キロ地点で、近くを走ってたランナーが「ああ、あたし、きょうは10キロでやめとくわ」というのが聞こえてちょっと脱力。気持ちはすごくわかるが、オジサンはわざわざ東京からヒコーキ乗ってきてるのでそういうわけにはいかんのだよ、と内心思うのでした。
◎15km 26:15
20km 26:36
だんだ沿道の応援もにぎやかになり、かなりテンポよく進みました。
15キロまでは下り坂。セーブすることは意識せず、気持ちいいペースで行けるだけいって貯金を作っておこうという作戦です。
実は前日まではキロ5:30くらいに抑えてきっちりイーブンに走ろうという作戦でしたが、ヨヨのpayutaさんに「もう少し前半稼いだほうがいいのでは」という旨のアドバイスをいただき、それもそうだなあと前半は必要以上に抑えるのをやめました。(これが完走につながったと感謝してます)。
などと思ってたら、12キロ目がキロ4:23!!!。さすがに飛ばしすぎと思いきや、次は5:54。距離表示がおかしかったのか。あと、14キロあたりでトイレにも行ってしまいました。
線路をくぐるアンダーパスがあったりして、何となく、長野マラソンのコースに雰囲気が似てる気がしました。暑いのはとても暑いが、風がからっとしているのが救い。給水ポイントで水を盛大にかぶったりして紛らわしました。でも、シューズが水浸しでくちゅくちゅいって気持ち悪かった。(携帯も水浸しで壊してしまった)
14キロで「ああ3分の1」などと考え気が遠くなり始めるも、まだまだ元気でした。
20キロは1時間45分で通過。ってことは「貯金10分」。いい感じです。ハーフ通過は1:52:02。

◎25km 27:38
30km 28:41
中間点を過ぎると、折り返し点を戻ってきたランナーとすれ違うコースになります。いろんなブログの完走記ではそれが「励みになる」とのことですが、道の真ん中を走ると給水取りにくいし、たまにある日陰を逃すのがつらくて、折り返しランナーを観察する余裕はなくなってました。
このあたりから「完走いける」というハイな気分と、「もうつらくてダメかも」というネガティブな気分が交互に襲ってきました。
貯金があるのが曲者です。キロ6分でも40キロ関門に間に合う計算なので、「もうゆっくり着実にいこうよ」という悪魔のささやきがしょちゅう聞こえてきます。これを振り払って、なんとかキロ5:30くらいを維持しようと踏ん張る。25キロまではなんとかそれで耐えたものの、25キロ以降はずるずる落ち始めます。
気を立て直そうと、ウエストポーチに入れてあった凍らせたアクエリアスを取り出すと、案の定、すべて溶けていてがっくり。パワージェルを飲んだり、塩飴を口に含んだり。私設エイドでバナナもいただきました。
28キロの第2折り返しの後、けっこうすぐに噂の終末車と収容車とすれ違う。ひたひた、ひたひた、迫ってきています。
◎30km 30:01
35km 32:46
30キロ通過が2:42。最終関門まで10キロで66分ある計算。これはもう完走はもらったと思うと、かなりハイな気分になりました。「PB(3:52)も十分狙えるかも?」とか「あと12キロしか走れないのか、、」なんて、強気になる余裕も。はい、もちろん間違いでした。マラソンはここからとはよくいったもので、32キロあたりからついにキロ5分台を維持できなくなってきました。すると気分は一気に暗転。「ほぼ手中にしていた完走が、するりと逃げていくのかあああ」と絶望的になります。
35キロの通過が3:12:15。キロ7分で行ってもなんとか間に合う計算でほっとする。もう次のキロ表示が来るのをひたすら心の支えに進んでる感じ。なので、白地に紺のフチどりの色遣いが似ている商店とかの看板が、遠目にキロ表示とかに見え始めてかなりやばい感じになってきました。
37キロ半ばで給水をとったあとから、どうにも体が動かずかなりつらくなってきた。しだいに回りの景色が白黒に変わっていって、走っている自分を別の自分が上から眺めているような、そんな感じに襲われます。意識がだんだん朦朧としていく。ここまで来たのに。。。
38キロでラップが8:30。えっ!と焦りまくる。いま振り返ってみると時計を押し間違えたんだと思うが、これはびびった。次の39キロはキロ6分台に回復。
そして、いよいよ、大通りに出た。40キロの最終関門はもうすぐ先のはず。テレビ塔が見えてきてああ、やっと。関門通過は3:45。閉鎖3分前、けっこうやばかった。

◎finish
さて、40キロ関門を目指してひたすら耐えてきたので、当然のようにプツンと緊張が切れて、大通りから駅前通りに曲がったとたんに足が止まり、歩き始めてしまいました。
数分歩いて給水。初めて立ち止まって水を飲みました。今回は給水はほとんど止まらずにとってたことに気付きました。そしてしばらく進むと、最初は左の腿の横の筋がビクンと来た。やがて左足のふくらはぎがつり始め、およよよよって感じ。こりゃあ走れないなともうしばらく歩きます。沿道の応援はピーク。顔歪めて歩いてると「がんばれー」って声かけてくれるんだが、歩いてるのはかっこう悪い。
41キロ表示まで来たので、最後はちゃんと走ろうと左をかばいつつ進み始めたら、おっと今度は右足のふくらはぎとハムに激痛が。その場にうずくまり、にっちもさっちもいかなくなります。
先の方には中島公園の入り口が見えている。ここまできてリタイア、ってしゃれにならんよなあと思いながら、腰をにじって前へ前へ。「這ってでもいくもんね」という心境でした。
まあ、それは大袈裟としてもほんとに歩くのも苦痛。振り返るとさすがに後続もいなくなり、おまわりさんがイライラと見守っている(気がした)。
公園に入ってからはほんとに長かった。歩いてゴール。なんと4時間11分。こんな遅いと完走にしてくれないかもしれんなあと一瞬不安になるも、少年に完走メダルをかけてもらってほっとしましたよ。
よろよろだったからか、ボランティアの若者に連行されて救護テントへ。マッサージしてもらったり、ストローでスポーツドリンク飲ませてもらったり、すっかりいい待遇でした。

◎その後
しばらく休んで足も回復、なんとか歩けるようになったので荷物ひきとって帰路に。
早くもFINISHゲートは片づけが始まっていた。
メダルはずっしり重くて、かけたまま帰るのがちょっと誇らしい気分でした。そう、このときはほんと「よかった〜」と思ってたんですよね。
私からしたら、北海道マラソンに出たっていうだけでもキラキラ光って見えますよお〜。完走はメダル、っていいなあ。
2008.09.07 22:52 URL | ハウオリヤコ #tHX44QXM [ 編集 ]
・ヤコさん
どうも〜、ありがとうございます。
ヤコさんもいつかは挑戦してください。きっとスリル満点ですよ〜。
2008.09.08 00:21 URL | トボサカ #gGiHTux6 [ 編集 ]
昨年のことですが、私も37kmか38kmのラップに驚いたのを思い出しました。最後のほうは本当につらくて、牛がいたことしか覚えていませんでした。
2008.09.08 08:44 URL | たかゆき #- [ 編集 ]
・たかゆきさん
距離表示おかしかったんですかねえ。
うしがいましたか。私は気付きませんでしたよ。まわりが目に入らないくらい必死だったなあ
2008.09.08 13:42 URL | トボサカ #gGiHTux6 [ 編集 ]
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